日本漢俳学会会長紹介
日本漢俳学会は中国漢俳学会と呼応する日本の漢俳学会です
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日本漢俳学会は2005年6月に成立しました
日本漢俳学会会長
氏名 中山榮造
詩號 中山逍雀
生年 1939年3月
住所 千葉県松戸市
2005年中国漢俳学会成立慶祝式典で祝賀挨拶写真
中山四短詩提唱者
葛飾吟社創設者初代会長(2008-1-12 会長辞任)
20010年辞任
葛飾吟社顧問(2008-1-12 顧問就任)
20010年辞任
詩吟神風流匡風会顧問
中華新韵学会顧問
詩苑吟社顧問
黒龍江省《曄歌》主編
福建省《梅櫻葉》顧問
吉林省《精彩》理事
ご挨拶
漢俳が漢詩詞界で語られたのは今から20年ほど前のことで、広島県の太刀掛呂山師や、和歌山県の高橋藍川師、その後大阪の米沢葵堂師や京都の棚橋篁峰師などに師事していた頃の話である。
その頃は、漢詩詞の一定型として、珍らしさも手伝って、皆が多作した記憶がある。だがこの定型が、俳句関連の定型であることを知って、漢詩詞壇ではついぞ忘れられた。
2005年3月、中国北京に於いて漢俳学会成立慶祝式典が挙行されて、日本の俳句四団体が祝典に招かれた。私は漢詩詞による漢字文化圏との文化交流を活動目的としていたので、祝典の末席で逐一その様子を拝見した。
漢俳学会成立慶祝式典が挙行されて、日本の俳句四団体が祝典に招かれた経緯もあり、また私は以前から漢俳には日本俳壇が相応しいと思っていた。
私は詩詞の創作法を説いているが、
1−程々の作品を高い確率で自作出来ること。
2−受講者に対し、程々の作品を高い確率で作れる創作法を説けること
私はこの2要件が揃わないと、“知っている”とは謂わないことにしている。
私は更に日をおいて、受講者の作品が程々に中国詩詞壇誌に掲載された事実を確認してから、“知っている”と云ったことが、間違いでなかったことの証拠としている。
私は今まで漢俳について訪ねられると、“知らない”と答えていた。それは前記の2要件が揃わなかったからである。
私が漢俳を聞いたのは20年ほど前のことである。珍しさも手伝って多作した記憶がある。その後、漢俳は俳句と相互通用の漢字書き定型であると聴いて、その条件を満足する作品を創ることが出来なかったので、創作を止めてしまった。
その後の、2005年に中国漢俳学会が設立され、日本の俳句四団体が慶祝式典に招待された。この事実から、漢俳は俳句と相互通用の漢字書き定型であると云う過去の認識が蘇った。
漢詩詞創作指導者として、漢俳も避けて通れないとの責任感もあり、様々な考究をしたが、“俳句との相互通用”がネックと成り、誰にでも程々の作品が作れる創作法の開発は出来なかった。依って“知らない”と答えていた。
ふとしたことから、今まで自分のしてきたことの基本的な間違いに気付いた。漢俳の定義をするには100年早い。ましてや自分で定義を探そうなどとは、自惚れも甚だしい。
“自分ならこの様に思う”“自分ならこの様に創る”其れで十分だと気付いた。
それに気付けば、事は簡単である。漢俳誕生の使命は文化交流の具と成ることである。
誕生の使命を柱に据えて、創作法を探り当てた。
私が主宰する漢詩詞壇でも、漢俳は通常作品として創作しているが、漢俳は小令だと謂う者と、俳句との疏通が前提だと謂う両者が居る。
その間にも中国から多数の作品が私の下に寄せられていた。そして中国から寄せられた作品を見ると、その殆どは小令の詩法であって、俳句との疏通が前提という作品は極めて少なかった。
漢詩詞創作者として漢俳を看ると、漢俳が日本俳句との疏通を前提にすると云う点を除けば、さほど難しい詩法も必要とせず、初歩習作の段階で十分に対応できる。また漢俳は交流を目的とする定型でもあるのだから、交流相手の中国詩詞壇の詩法に倣うのが当然との結論を得た。
私の漢詩詞創作活動の目的は、漢詩詞を橋梁として文化交流を図ることなので、中国側から寄せられた漢俳作品の詩法に、若干の詩法を日本人向けに案配して漢俳詩法を確立した。
中国漢俳学会成立から二年の歳月経過は遅過ぎた感もあるが、茲に漢俳に関わる霧が払拭された。私の信念は、漢詩詞を橋梁として漢字文化圏との国際交流を為す事である。因って私は、従前からあったSubDomainWaveSight漢俳から漢俳協会の経過を基にして、中国漢俳学会に呼応する日本漢俳学会を設立した。
私は、順次協力者を得て、中国漢俳学会の受け皿と成れるよう歩を進める積もりである。先ずは全国に散在するであろう数少ない漢俳創作者を探し出すことから始めることとする。事前に中国詩友から設立を促されていたので、五年を目途に体裁を整えると云った。
幸いに私には有能な協力者が居てくれることである。
2002年12月漢俳普及のためにSubDomainで漢俳指導のWaveSite漢俳を開設した。
中国漢俳学会が2005年3月に設立されたのを契機に、2005年6月に従前より開設していた漢俳普及のSubDomainWaveSight漢俳 の名称を日本漢俳同好会とした。
2007年6月 kanpai.cc の独自Domainを登録し、装いを新たにして、日本漢俳学会のWaveSightを開設した。重複するSubDomainのWaveSightは削除した。
WaveSightの変遷
2002年12月 SubDomainWaveSite 漢俳 開設
2005年6月 SubDomainWaveSite 漢俳を漢俳同好会に変更
2007年6月 独自Domain kanpai.cc を登録 WaveSite漢俳同好会を日本漢俳学会に変更
2007年6月
日本漢俳学会創始者初代会長
中山逍雀 頓首